150種類を超える豊富なワイン&ドリンク

ニューヨークの下町を連想させる店内

お洒落で気取らないムード

オールデイズでも聴きながら親しい仲間とワイワイガヤガヤ

年の若い人 気の若い人

食事をする人 お酒を飲む人 お茶を飲む人

そんな人たちの社交場がレストランヨネザワです。

創業1955の伝統料理、全て手作りの料理やケーキの数々、時代は変わっても変わらぬ心意気、天然自然、無添加、安心安全がテーマです。粋で洒落たニューヨークフレンチスタイルの料理をお楽しみください。



時は1917年、第一次大戦たけなわ、膠着状態のヨーロッパ戦線、だらだらと長い戦争に嫌気がさしたロシアでは革命騒ぎの真っ最中。一足先にドイツと講話し、戦争をやめてしまいました。これでドイツが有利と思いきや、ロシア革命が飛び火して、ドイツでも革命騒ぎ。どうも戦争どころではなくなってきたようです。


正義の名の下に、それまで大砲や戦闘機をヨーロッパに売りつけ、荒稼ぎしていた米国企業も、これからは復興支援の大義名分の下、自動車や建築材料や通信機器etc、ようするに、武器以外の物なら全てオーケー、しかもかっての敵国にまで売りつけさらなる発展を期待できる、願ってもない立場を手に入れる事が確実になってきたのです。


ここニューヨークでは打ち続く戦乱で、疲弊荒廃したヨーロッパ各国の絶望感とは裏腹に来るべき復興景気を期待して、すでに沸き立っていたのです。何しろここは、ヨーロッパへ何かを送る時は必ずここの港から送られたのですから。


そんなわけで、それまでニューヨークやシカゴといった大都会の片隅で日陰者扱いを受けていた新参移民グループ、イタリア人達の出番がやっと回ってきたのでした。


自国が戦場にならなかった強み、これが20世紀はアメリカの世紀といわれた理由の根本にあると思うのですが。


平たくいえば都会の日陰者、正業に就けず不遇な生活を強いられていたイタリア移民達はこのチャンスを逃しませんでした。東部の都市部で社会的に重要な立場を手に入れたのです。真っ先に富を手に入れたのは、どこの国でもそうでしょうが、法と無法の境目を歩く人達です。早い話がマフィアのことです。この当時ニューヨークやシカゴといった大都市では、どのような仕事であれ、彼等に挨拶せずにはすまないほどに、勢力が大きくなっていたのです。報復を恐れ挨拶と共に多額のマネーを送ったのです。警察を含む当局も買収されて、情報を流してしまう羽目になり、取り締まることなどまったくできませんでした。


そして、太ったマフィア達は大金を懐にしてロールスやキャデラックを転がし、高級料理店へ繰り出したのです。始めのうちはおとなしくフランス料理を食べていたのですが、そのうち慣れるに従って故郷の味、イタリアのパスタだのリゾットだの、やれピザだのと要求するようになったのです。


この時代のニューヨークの高級料理店とはフレンチレストランのことですからシェフは当然フランス人です。誇り高い彼等はピザやパスタなんて作るのを嫌がりました、がしかし下手に断れば、ズドンとやられるわけです。また渋々おざなりに作って、変なパスタでも出そうものならこれもまたズドン。シェフ達は命惜しさに必死でイタリア料理を作りました。


こんな理由でアメリカ東部のレストラン、しかも高級店になるほど本格的イタリア料理を、メニューに加えないわけには行かなくなってしまったのでした。コース料理もこれで終わり、後はデザートだなと思っていると、お待たせしましたと言ってリゾットやパスタが出てくるのです。小食な人はもう食べられないかもしれませんね。しかしイタリア人はペロリと食べてしまうのでした。まぁ日本人だって宴会の後にお茶漬けを食べる人も多いですから、、、、


誰がいうともなく、こんなスタイルの事を、“ニューヨークフレンチ”と呼ぶようになりました。



©米沢徹 2000